市史だより140 (「広報いとまん」 平成15年9月号)在秘露兼城村同志会

2013年2月1日
市史だより140 (「広報いとまん」 平成15年9月号)
在秘露兼城村同志会
     
 「在秘露兼城村人同志会」は、ペルーに渡った兼城村出身者で組織する郷友会で、大正11年4月に産声をあげました。
 本市からペルーへの移民は、明治39年に字伊原の玉城樽太、字糸満の小橋川朝信が渡航したという記録に遡ることができます。兼城村人同志会が設立された大正11年以前に、ペルー渡航のため旅券が下付された本市出身者は132人。その内訳を旧町村ごとにみると、糸満町7人、兼城村44人、高嶺村37人、真壁村30人、喜屋武村6人、摩文仁村8人です。
 故郷から遠く離れ、言葉に不自由し、気候風土も大きく異なる外国での生活は、決して楽なものではなかったはずです。そうしたなかで結成された同志会は、当時の人々にとって大きな拠り所になったことでしょう。
 兼城村人同志会の設立の事情は、彼らの残した「議事録」に見ることができます。現在、この「議事録」は、ペルーの首都リマにあるペルー日本人移住史料館に、常設展示されています。
 黒の皮表紙のこの「議事録」には、設立当初から昭和3年までの同志会の例会や役員会の動きが100ページにわたって記録されています。一世移民の暮らしを記録する資料が少ないなかで、移住者たちの暮らしぶり、とりわけ本市出身者の動向が伺える史料として、この「議事録」は極めて貴重な史料といえます。
 「議事録」の1ページ目には、会員の事業の安泰と地位の向上、困窮者への援助、会員同士の親睦を図るために、会を設立しようとの声が大正8年ごろからあがり、3年後にようやく会設立に至ったことが述べられています。創立総会で、役員選挙が行われ、初代会長に字座波の金城朝栄を選出。毎月の例会では、「会員ノ生計困難者ヲ救助センガ為」として模合(頼母子講)が行われています。
 「議事録」には毎月の模合で集まった資金を、会員に貸し付けていたことが記録されています。貸付理由には次のようなことが記されています。
 「目下経営ノ喫茶店一般不景気ノ影響ヲ受ケ困難ニ打入リテ居ルニ付御援助シテ戴キ度トノ出願ニシテ」
 「病気ニ付治療ノ為メ本金額ヲ貸シテ戴キ度トノ出願アリ」
 「目下就業中ノ大工業ニ諸道具品求メンガ為メニ貸シテ戴キ度トノ出願アリ」
 「借用セル金額アリテ至急返済ノ要求アリテ本人当分困難ナル立場ニテ繰合難キニ付本講ヲ以テ返金ニ充テル為メ貸付ス」
 「妻君産前ニ近寄シモ小遣料無キニ付」
    
   会創立10年を記念して(當銘田英氏提供)
    
     
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