市史だより147 (「広報いとまん」 平成18年5月号)兼城村助役大城勇一氏の日記から

2013年2月1日
市史だより147 (「広報いとまん」 平成18年5月号)
兼城村助役大城勇一氏の日記から
     
 今回の市史だよりでは、兼城村助役だった故大城勇一氏の残した日誌から、潮平から座波への兼城村役所移転の様子を紹介します。大城は座波の出身で、1899(明治32)年に屋号「新屋比久」の二男として出生。2度にわたる応召後の1942(昭和17)年の末、沖縄県農業会宮古支部に主事として赴任。沖縄戦を経て1947年に宮古より帰郷。翌年、兼城村長選挙に当選した島袋勝介氏に請われて3年間助役の職にありました。  
 大城は在職中のころの公私にわたる記録を多数残しています。その大半は兼城村助役時代のもので、連日の出来事を記した日誌や日記類のほか、「村議会及常会関係綴」、「兼城村助役時代の参考雑件綴」などの文書類があります。終戦直後の資料の多くが散逸したなかにあって、1950.年前後の村行政の要にあった大城の残した文書は、本市にとって極めて貴重な歴史資料といえます。現在、これらの資料は親族の元で大切に保管されています。
 村役所の移転は1949年の9月20日のことで、それに先立つ9月12日の大城の日誌には「役所移築負担金徴収ノ為メ吏員手分部落ヘ出張」とあります。同月17日には、全吏員と住民約50人を動員して、食糧の配給業務を担う売店コンセットを解体しトラックで運搬した、と記しています。そして、移転当日の20日の日誌には「全職員潮平在役所ヘ最後ノ出勤デ全員デ役所コンセット建物解体トラック一台一日配車ヲ受ケ運搬ヲナス役所備品及役所全部引越終了ス」とあります。
 コンセットとはカマボコ型の米軍兵舎のことで、手軽に組み立てられるので、建築資材が不足していた当時は、米軍が移転すると、役所や学校などに利用されていました。兼城村役所の建物として使われていたコンセットも、元々は米軍が使用していたもので、解体されてモータープール所属のトラックで座波まで運ばれました。翌日の21日から1週間がかりで、建物を組み立て、屋根を葺き、天井や床板張りなどの作業を行いました。そして、週明けの26日の日誌には「本日ヨリ全職員初執務ヲナス」とあり、新役所での村行政が始まったことが分かります。
     
連日の出来事を記した大城の日記
     
     
      
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